大阪高等裁判所 昭和50年(ネ)436号 判決 1976年2月25日
主文
本件控訴を棄却する。
ただし、原判決主文第一項中、「金八七三、六〇四円」とあるのを「金八七三、九〇〇円」と、「金七九三、六〇四円」とあるのを「金七九三、九〇〇円」とそれぞれ更正する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項及び第三項と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠の提出、援用、認否は、左記のとおり附加するほか、原判決事実摘示中控訴人関係部分と同一(ただし、原判決六枚目裏六行目に「同藤原悟郎」及び「各」を削除し、同八行目に「甲号各証の成立は認める」とあるのを、「甲第三、第四号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認める」と訂正する)。
(控訴代理人の陳述)
一 本件事故は、対面信号機の青信号に従つて交差点に進入した訴外尾原芳春運転の乗用車(原判決摘示の請求原因一の(三)の加害車(二))と、飲酒泥酔の上赤信号を無視して右交差点に突進した原審被告比知屋運転の乗用車(同請求原因一の(三)の加害車(一))との出合い頭の衝突事故である。
青信号に従つて直進する車両の運転者である尾原には、特段の事情のない限り、赤信号を無視して交差点に進入してくる車両のありうることまでも予想して、左右の安全を確認すべき義務はないのであつて、このことは信頼の原則の適用上当然のことである。そして、本件においては、右原則を排除すべき特段の事情は存在しない。
また、尾原には、前方注視義務の懈怠がないのは勿論、本件事故当時制限速度である時速五〇キロメートル以内で運転していたものであつて、速度違反その他の法規違背も存在しない。仮に、被控訴人主張のように、尾原が、当時、時速六〇キロメートルで加害車(二)を運転していたとしても、それは本件事故の発生と何ら因果関係がなく、右速度違反は過失とはならない。
本件事故は、全く原審被告比知屋の一方的な過失に基因するものであつて、尾原には何らの過失もない。
二 控訴会社は、昭和四九年三月八日、原審被告駒姫交通株式会社を吸収合併し、同社の権利義務の一切を承継した。
(被控訴代理人の陳述)
一 本件事故は、尾原の前方不注視及び速度違反が原審被告比知屋の過失と相俟つてこれを発生させたものであり、尾原にも過失のあつたことは明らかである。
本件事故の発生時は、午前二時四〇分頃という深夜であり、昼間の交通量の多い時間帯とは異り、信号を無視して交差点に進入してくる車両のあることが予想される関係にあり、また本件交差点の東南部分は隅切りされていて南から北方への見通しは、その部分だけ死角が少くなるという道路状況にあつたから、尾原が前方の注視を怠らず、制限速度以内に減速して本件交差点に進入していれば、比知屋をより早く発見することができ、急制動の措置をとることによつて比知屋との衝突を避けることができた筈である。しかるに尾原は前方注視を怠り、制限速度を超える時速六〇キロメートルで本件交差点に進入したため、比知屋の発見が遅れ、本件事故を招来するに至つたものである。
本件は、信頼の原則が適用されるべき事案ではない。
二 控訴会社が、その主張の頃原審被告駒姫交通株式会社を吸収合併した事実は認める。
〔証拠関係略〕
理由
一 当裁判所も、控訴人は、原審被告比知屋辰八と連帯して、被控訴人に対し、原審認容の損害賠償金(ただし、金額については、原判決主文第一項を主文第二項のとおり更正する。)を支払うべき義務があり、被控訴人の本訴請求は右の限度において正当としてこれを認容すべきものと判断するが、その理由は、左記のとおり訂正、附加するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これをここに引用する。
(一) 原判決一二枚目表三行目に「三六二、一〇〇円」とあるのを「三六二、一〇四円」と、同八行目に「一一五五、七〇四円」とあるのを「一一五六、〇〇四円」と、同九行目に「三六二、一〇〇円」とあるのを「三六二、一〇四円」と、同一〇行目に「七九三、六〇四円」とあるのを「七九三、九〇〇円」と、同一二枚裏四行目に「八七三、六〇四円」とあるのを「八七三、九〇〇円」と、同五行目に「七九三、六〇四円」とあるのを「七九三、九〇〇円」とそれぞれ訂正する(以上は、いずれも違算である)。
(二) 原判決八枚目裏一〇行目「本件交差点進入」から同一一行目「けれども」までを、「その限りにおいては、一応尾原は、本件交差点進入に際して左右の交通の安全を確認するまでの注意義務はなかつたものと認められないではないけれども」と改める。
(三) 控訴人は、本件事故は、対面する信号機の青信号の表示に従い本件交差点に進入した訴外尾原運転の乗用車と赤信号を無視して交差点に突進してきた原審被告比知屋運転の乗用車との出合い頭の衝突事故であつて、信頼の原則が適用されるべきであるから、尾原には何らの過失はなく、比知屋の一方的過失に基因するものである。したがつて、自賠法第三条但書の免責がある旨主張する。
しかし、前記認定事実(前叙引用にかかる原判決理由三において認定の事実)によれば、訴外尾原は、本件交差点を直進するため、対面する信号機の青信号表示に従つて交差点に進入したのであるから、この限りにおいては、一応尾原は交差点進入に際して左右の交通の安全を確認するまでの注意義務はなかつたものと認められないではないけれども、本件事故が発生したのは、午前二時四〇分頃という時間帯であり、このような深夜においては、交通は昼間に比して閑散であるため、信号機による交通整理が行われている交差点であるにもかかわらず、往々にして信号を無視して交差点に進入し、直進あるいは右、左折を企てる車両が存在することは全く予想外のことではなく、また本件交差点は、東南の角の相当部分が隅切りされていて、それだけ北進車両からする東方道路の見通しが良好となつており、北進車両の運転者が進路前方に十分注視すれば、東方道路より交差点に進入する車両の動静をより早く発見できる関係にあることが推認されることからすると、右のような時間帯に右のような交差点を直進せんとする北進車両の運転者は、進路前方の注視を怠らず制限速度以内に減速した上、東方から進入してくる信号違反車にも対応できる態勢で交差点に進入すべき義務があるものと考えられないではなく、尾原が右措置をとつていれば、より早い時点と地点で急制動する等の方法により、本件事故を未然に防止することができたかも知れないと認めうる余地があり、制限速度を一〇キロメートル超える時速六〇キロメートルで進行した尾原において、右注意義務に欠けるところがなかつたとは断定し難い。そして、他に訴外尾原が本件事故の発生につき無過失であつたことを肯認するに足る資料はない。(控訴人は、尾原の本件所為については、信頼の原則が適用されるべきである旨主張するけれども、前叙のような本件事故発生時の時間帯、交通状況及び道路状況よりすると、本件においては、東方道路から信号を無視して交差点に進入してくる車両について、その予見可能性を全くは否定し難いのであるから、いわゆる信頼の原則が適用されるのが当然ともいい難いのである。その上、信頼の原則が適用される事案の場合においても、それは必ずしも当該交通事故につき加害車の注意義務一般が全く否定されるのではなく、単に刑法上の可罰的な過失の存在が否定されるに過ぎないのであつて、加害車の所為が不法行為上の過失として評価される余地は残るのである。)。そうすると、爾余の点について判断するまでもなく、控訴人の免責の抗弁は理由がないといわねばならない。
(三) 控訴会社が昭和四九年三月八日原審被告駒姫交通株式会社を吸収合併したことは当事者間に争いがないから、控訴会社は駒姫交通株式会社の従前の権利義務一切を承継したのは勿論、同社が負担するに至つた被控訴人に対する本件損害賠償債務を承継したものといわねばならない。
二 よつて、右と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項によりこれを棄却し、なお、原判決中の違算部分の訂正に伴い、原判決主文第一項の各金額につきこれを主文第二項のとおり更正することとし、控訴費用の負担につき同法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 竹内貞次 坂上弘 諸富吉嗣)